京友会ホームページ
Home 京都大学 京都大学教育学部 京友会 会則 KUON(京大同窓生用) お問い合わせ

ご挨拶 会則

総会報告 研究助成事業・国際賞選考報告 研究助成事業報告書 研究助成を受けて 講演会要旨報告 事務局より 総会アルバム



京都大学教育学部同窓会事務局
〒606-8501
京都市左京区吉田本町
電話・FAX:075(753)3042(直通)
メール:
kyouyukai(at)mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
(at)は@に置き換えてください


講演会要旨報告

 

平成29年度同窓会総会講演 要旨報告

「レジリエント・シティ京都の新たな挑戦」 

世界100 レジリエント・シティ京都市統括監
前京都市副市長

藤田 裕之 氏

 初めに自己紹介をさせていただきます。昭和54 年に、当時のA コースで卒業いたしまた。稲垣学科長は当時1 年先輩でおられましたし、桑原教授が同じ学年におられたという、いわば大変華やかな教育学部の時代を過ごさせていただきました。恩師は岡田渥美先生という、英国紳士を地でいくような方です。実は一昨日,岡田渥美先生からお電話で激励をいただきまして、本当に感無量でありました。
 私は西洋教育史、あるいは教育思想史に関心を持ち、大学院を目指しながらも挫折した人間の一人ですが,私自身のバックボーンになっているのは、例えば、イギリスの産業革命期のロバート・オーエン(Robert Owen)の教育思想、教育実践において,産業革命期の大変悲惨な状況におかれていた労働者の子どもたちが、教育環境、生育環境さえ整えれば、いわゆるニュー・ラナークの実践、あるいはベル・ランカスター方式と呼ばれる集団教育の中で、非常に素晴らしい人間として成長していけたという、いわゆる環境論を基にするような発達観というものを学び、研究を少しだけでもかじったことであり,そのことが、後々の仕事の中でも大変役立ちました。
 その後、京都市教育委員会で地方教育行政に従事しました。例えば大変恵まれない家庭環境にある子ども、当時で言いましたら、同和地域の子どもたちの教育環境を、どのようにして、その子どもの可能性を高めながら進めていくのかということを考えたときに、飛躍になるかもしれませんが、ロバート・オーエンが産業革命期に行った実践を、私なりに目の前の課題と結び付けながら取り組んできたということかと思います。
 教育委員会に30 年ほど勤めた後、右京区で区長として一般行政を経験をした後、門川市長の下での三人の副市長の一人となり、この3 月に無事,4 年間の任期を満了したところで,時間もできるし、何をしようかなという矢先に、これからご説明するレジリエント・シティという取り組みに関わらないかということになったわけです。
 さて京都は、まさに千年以上、都市の機能が途絶していない、世界でも希有な都市です。そしてそこに文化庁が移転をしてきます。亡くなった河合隼雄先生が、私が在学中は助教授でおられました。河合先生が,後に文化庁長官に就任されたとき、ちょうど小泉内閣のときでしたが、私がお聞きしている範囲では、長官に就任するのに一つ条件があると。長官分室を関西にもつくってほしいということを、条件に掲げられたと聞いています。そして実際に京都に長官分室が出来たわけですが,おそらくそのことがなければ、いま文化庁が京都に移転してくるという道筋もつかなかったのではないかと思っています。  また、実は京都市は,「世界文化自由都市宣言」というものを1978 年に掲げています。このときに、これはおそらく40 年前に掲げた都市の宣言として、いまだに非常に格調の高いものだと思うのですが,都市は理想を必要とする。そして、文化遺産等々を含めて世界の文化交流の中心にしていく。そういう拠点都市になれるような都市をつくる。そのために世界の人々が、国籍、民族、宗教、国の違いを超えて平和のうちに自由に集い、新たな文化を創造するまちであるということを既に40 年前に宣言しています。
 現在も、例えば、屋外広告物規制の強化、あるいはネオンサインについても実は京都は厳しく規制をしております。例えばどういうことかというと、一目瞭然でいくと、これが屋外広告、ちょっと見えにくいかもしれませんけれども(写真),ここにたくさん広告物が写っている方は、平成19 年の、祇園祭のときなのですけれども、こういうようなかたちで沢山の看板が設置されていましたが、現在は全て撤去されています。正直なところ、看板がないために、建物がどこにあるかは分かりにくいというご意見は確かにあるんですけれども、ある意味で時代の商業化のマーチャンティリズムに逆行するようなことをやっているというのが、京都であるということです。もちろん、そのために皆さんには大変ご負担も掛けていますけれども、そのことを乗り越えて、京都のアイデンティティーを守ろうとする意欲を持っているという都市であります。
 同時に単に古いものを守っていくということだけではない、新しい理念を持とうとしている都市でもあり、いわゆるイノベーションというものを常に文化を基軸にしながら行っているということでもあります。京都で活躍されている企業も、古くからの伝統や老舗の文化を大事にしながら新しい産業にイノベーションされて、それを1 部上場されても、ずっと本社機能を京都に残したままで活動しているのが京都の強み、誇りだと思っています。
 さて、いままでが京都市の紹介でしたけれども、ここから本題に入らせていただきます。このレジリエント・シティの取り組みの前に、この間のわが国の大きな歴史の流れというものを、ここにおられる皆さんと一緒に振り返りたいと思います。
 1964 年、私にすれば小学校のときで、東京オリンピック・パラリンピックがありました。まさに右肩上がりの高度成長期であったわけです。夢の超特急といわれたものが新幹線として実現する、あるいは東京オリンピックの後もすぐ大阪万博がある。そして日本列島改造論も展開されるという。同時に経済も,子どもの数、人口もどんどん右肩上がりで上がっていくという時代でありました。
 次に訪れる2020 年、実はその先には大変厳しい状況が予想されます。まさに日本が低成長、縮小社会、人口も含めて、右肩下がりの時代に入っていこうとしている。そんな中で、南海トラフ地震、首都直下型地震、場合によったら富士山が噴火のようなことが、何十年か先に、起こる可能性が否定できない。そうした状況がいま私たちの前に控えているということであります。
 また、目に見える危機以外にも、私たちが目に見えにくい、あるいは見えているようで目をつぶってしまっている、忍び寄る危機というものについても、いまもう一度考える必要があることであります。その一つ が人口減少社会、あるいは地域コミュニティーの問題、物質的な豊かさの中での格差社会、そして心の貧しさというようなことであろうかと思います。実はその辺りから考えていくというのが、このレジリエント・ シティのきっかけになります。

レジリエンスとは

 実はレジリエント・シティという言葉を考える上で、非常にキーポイントになるのが、2001 年の9 月11 日に起こったアメリカの同時多発テロであります。私自身、この仕事の関係で今年の7 月にニューヨークに行きました。今回も車の暴走によるテロがマンハッタンで起こっておりますけれども、あの辺りは私も7 月に歩いておりました。ワールドトレードセンタービルの跡に、日本でいうと原爆記念館のような同時テロの記念博物館があるんです。そこで売られている土産物のロゴというのか、付いている文字がレジリエンス(resilience)という言葉なんです。つまり、あの同時テロの災害の中で、大変な目に遭った。ここからどうやって復帰をしようかというときの当時の人々の合言葉の一つがレジリエンスという言葉であったようで、日本では東日本震災のときに使われるようになりました。
 このレジリエンスという概念であります。先ほど言いましたように、レジリエンスという言葉は英語で,心理学の中ではよく使われているようです。わが国では,東日本震災の直後に、2013 年に「国土強靱化計画」というものが制定されました。都道府県単位で国土強靱化計画を制定する、指定都市も可能な限りつくるということで、京都市もこの計画をつくっているんですが、それを英語に訳しますと、「ナショナル・レジリエンス・プラン」ということで、ここにレジリエンスが出てきます。強靱,しなやかな強さという言葉が日本語の意味になるんですけれども,私の語感としては、強靱という言葉は、何か鎧兜のようなたくましさみたいなイメージがあって、ちょっとしなやかという概念とは違うのです。そこに「国土」がくっついて,益々ハードの響きに聞こえるように感じます。
 レジリエンスという言葉を大変有名にしたのは、よくテレビとかにも出ておられる京都大学の桂坂キャンパスのレジリエンス・ユニットにおられる藤井聡先生です。この先生も、決して国土の話だけではなくて、「危機を突破できる強靱さ」というような言葉で、非常に総合的な概念で使われています。特に過剰な市場原理の回避と適切な規制の問題とか、「社会の力」とか、「協調・連携」とかをキーワードにして、レジリエンスを語っておられるということです。
 そこで、レジリエンスの定義です。要するに困難から早急に復旧できる力、可能性とか、いろんな状況から元通りのかたちに戻っていける維持力とか、組織の在り方とかが、ここで言われているということであります。ただ、そのレジリエンスという言葉が、実はすごく幅広い言葉で使われています。物体が元に復元する、押し込まれて元に戻るとか。例えば鋼のようなものが押し込まれたけれども、またバネのように戻るとか、こういう概念。「復元力」とか「回復力」とか「弾力性」という言葉を物理学で使っていたようですけれども。
 それをエコロジーの観点で、環境の中で生態系がまた維持されていく。例えば、サンゴ礁が、海水の温度が上がってしまって、いったん枯れてしまったと。だけど、何年かして海水の温度が高くても、いわゆる生育できるサンゴ礁が復活してきて、サンゴ礁の海が戻るというような状況をレジリエンスと言っています。
 心理学では、まさにポキっと折れてしまわない「心のしなやかさ」とか、「打たれ強さ」。例えば、いじめに遭って、あるいは嫌な思いをして「あした、学校に行きたくない」とか、「こんなのやめてしまえ」と言いつつ、気持ちを切り替えて、「また頑張ってみよう」と立ち直っていく姿というものがレジリエンスという言葉になるんだろうと思います。
 いまの私の説明の中で、皆さんお気付きになりましたか。この同じレジリエンスの言葉なんですが、もともとの物体が元に戻る力というのと、エコロジーの観点と心理学の観点とでは、ちょっとレジリエンスでも意味が違っていたと思うんです。つまり物体が元に戻る力というのは、まさに元通りに戻る力ですけれども、エコロジーの場合は、違う種類の環境に対応できる、新たなサンゴ礁が生えてくるという姿ですね。  人間の心理の場合にも、打たれ強く、力強く、たくましくなって育ち直って、育ってきて、もう一度チャレンジするという力なので、このもう一度立ち直ってきたときには、いままでよりも強くなっているというのが、いま使われているレジリエンスの概念に近いと思います。それを外的なショックや、内的なストレスにも、粘り強く対処できる持続可能で、そしてまた、クリエーティブな組織・社会・都市というものが、レジリエント・シティということになろうかと思います。世界100 のレジリエント・シティ ロックフェラー財団というアメリカの世界最大規模の慈善団体が創設100 周年を記念して2013 年に、世界の100 都市に、都市の持続可能性とか、社会の在り方について,もう一度原点に戻って考え直す都市のネットワークをつくることを提唱して公募を致しました。1100 近い都市が世界中から応募し,100 都市が選ばれました。
 この100 都市には、世界の主だった都市が網羅されており,アメリカは有名な都市がほとんど入っています。ヨーロッパでも、パリ、ロンドン、ローマ等々、西側諸国の主要都市。あるいはアジアではソウル、シンガポール、バンコク、ジャカルタといった東アジアでの先進都市が入っています。発展途上都市からもたくさん入っていますので、多種多様な都市が入っているということにはなろうかと思いますが、日本では富山市と京都市が、選定されましたわけであります。そしてこのレジリエント・シティを進めるために、また、後ほど申し上げますが「レジリエンス戦略」というのを策定していくために、必置が義務づけられたのが、チーフ・レジリエンス・オフィサー(Chief Resilience Officer),CRO という私の立場になります。
 この「レジリエンス戦略」をつくるということが目標になるので、一番狭い意味での私の仕事は、この戦略を策定さえすればいいのですが,絵に描いた餅というか、机上の空論なような冊子をいくらつくって提出しても、それだけでは物足りないので、やはりこの際、京都ならではの都市の在り方とか、品格というのか、日本で京都しかできない取り組みの発信ということを目指したいと思っています。
 もう一つ、レジリエント・シティという概念の中で、都市という概念が出てくるわけですが、なぜ都市かということです。これは、現在、地球上で,約50%の人間が都市に住んでいるわけですが。毎週140万人が周辺部から都市に移住しており、このままでいくと、2050 年には全地球上の70%の人口が都市に住むようになると言われています。従って都市の在り方を変えていくということが、地球環境を守っていく意味でも非常に重要だということが考えられているわけです。もう一つは、都市は大変便利だけれども、犯罪とかテロが起こったときには、非常に脆弱な一面を持っていますので、都市の機能をしっかりと高めておく必要があるということ。さらには国際関係で、国と国との関係が非常に難しくなっている中で、国家レベルとはひと味違う都市間交流が、いま重要と考えられ、都市のレジリエンスということが提唱されている。これがレジリエント・シティという取り組みの総体であります。
 では、都市を襲う危機とはどういうものかということですけれども、突然襲ってくる突発的な地震や洪水、火事といったものもあれば、じわじわと襲ってくる人口減少、地域のコミュニティーの弱体化というものもある。そういう中で、都市がさまざまな意味で、適応力を持っていく、頑強な状況である、あるいはゆとりを持っているとか、フレキシブルであるとか、統合力があるとか、臨機応変にとか、公正性とか、そういうようなことを都市の概念として構築して取り組みをしているということです。

京都市がレジリエント・シティに認定された意義

 考えてみると、京都も長い歴史の中で,様々な災害を乗り越えて、いまの京都があるわけで、まさに京都こそレジリエント・シティだということになろうと思うのです。直近でいえば、明治維新のときの京都策。このときに、天皇が「ちょっと江戸へ」と言って京都から離れて、いきなり人口が3 分の2 に落ち込んだ京都で、京都の町衆は,番組小学校といういわゆる地域コミュニティーに基づく学校を創設した。あるいは琵琶湖疎水を引いて、わが国初の本格的な水力発電を開始し、市電を走らせた。さらには「遷都1100 年事業」として、平安神宮を新たにつくって、時代祭を始めた。こういうようなことを、京都がまさにレジリエントで、もう一度復活の狼煙(のろし)を上げたわけですけれども,なぜそういうことができたのかと考えると、やはり京都のまちを何とかしようとする緊密な地域コミュニティーであったり、あるいは伝統文化への自負であったり、そしてまた、当時の室町を中心にする産業の隆盛というものがあったと思います。まさに、ピンチをチャンスにするということを、京都は実現したわけです。
 しかし、その京都が、当時なし得た強みが、本当にいま京都に残っているだろうか。地域コミュニティーはどうだろう。室町の産業はどうだろう。番組小学校のことを考えても、これは本当に大きな財産ですので、ぜひ京都がこれからも守っていかなければならない地域の拠点であり,単に学校教育だけではなくて、公民館、保健所、消防署や税務署、全てを兼ね備えた地域の拠点であるということです。そして、その地域の拠点としての学校施設が、今日も,学校教育にとどまらず地域の寄り合い場所であったり、さらに災害時の避難所として、いち早く体育館が開放される。しかも地域の人が普段の夜も、土曜日・祝日も、運動場や体育館を自分たちが管理して鍵を開けているから、学校の先生が駆け付けられなくても、地域の方が避難所を開設できるわけです。
 そこで京都が「100 レジリエント・シティ」に選ばれた意義について考えてみましょう。残念ながら、京都がレジリエント・シティに選ばれているということを、中央省庁を含めて、あるいは東京、大阪等でもほとんど知られてはいないと思います。逆に京都がこのレジリエント・シティとして実績を挙げれば、先ほど申し上げた世界の各都市から、まさに日本を代表するレジリエント・シティは京都だと,ビジネスパートナーとしても、留学先としても、観光地としても信頼できるいう評価にも繋がることは間違いありません。
 しかし,私たちの未来は前途洋々とは決して言えません。最近、よく指摘されていますが、急激な人口減少社会に突入するわけです。わが国の人口は,2010 年の国勢調査で、1 億2800 万人という最高を記録しましたが、2100 年に日本が迎える人口は、今のままの低い出生率でいうと3800 万人前後と言われています。京都も147 万人の人口がおそらく50 万人くらいになっていることは間違いないでしょう。このような状況の中で、私たちが何をしていくべきなのかということも、レジリエント・シティの取り組みの一つになってきます。出生率の上昇、少子化対策は、絶対にどこかでやっていかなければならないんですが、それをやりつつ、結論とすれば、人口が減少しても生き生きと人々が暮らせる社会をつくるということになると思うのです。

レジリエンスの構築に向けて

 レジリエント・シティの目標の一つは、「レジリエンス戦略」という、都市のそれぞれの実態に合ったレジリエンスをキーワードにした都市の成長戦略をつくるということにあります。合言葉はひと言でいえば、「ピンチはチャンスに」ということになるでしょうか。このレジリエンス戦略というものを掲げていくためには、都市が衰退し消滅してしまうというリスクに対して、50 年先、100 年先を見据えた長期的なスパンで考えていく。また、徹底的に想定外を排除して取り組んでいく。そして持続可能性、回復力、創造性といったことを大事にしながら、かつ組織や社会、環境問題、経済といった、あらゆる視点で取り組みを進めていくということになろうかと思います。その意味では、この社会全体のレジリエンスということを考えるときに、意外と私たちの足元に大事なポイントがあると思うのです。
 一人一人の人々の生き方が、自分さえ良ければ、今さえ良ければという刹那的な、物の豊かさばかりを追いかけてきた時代に植えつけられてしまった、そういう価値観から脱却をして、社会全体がどうあるべきかを、一人一人が当事者意識を持って考えていくような、市民ぐるみのまちづくり運動に転化させていく必要がある。レジリエンス戦略という報告冊子をつくることだけではなくて、レジリエントな生活が何か分かってくれるような市民が活動して、育ってくれるような社会が、レジリエント・シティだということになるのではないか。そのために京都市では、このレジリエンス戦略をつくるために、市長を本部長にする「レジリエンス推進本部」で、先行して取り組む課題について,大まかに言えば、こういう構造でテーマを,先日,掲げました。
 第一の課題として、少子高齢化や人口減少の中で「人が育つまち」というものはどういうものなのか。たとえ人口が減っても,社会が継続できるためには,人一人の文化力や社会力が問われることになります。例えばお花を習っている人が、100 人の中で10 人しかおられない。その100 人の人口が50 人になったら、お花をやる人が10 人から5 人に減ってしまうではないですかと。これはいまのままで推移したときの話ですね。一人一人がいろんな対応性・価値観を持って、問題意識を持ったら、人口は100 人から50 人になっても、やはりお花を習っている人、お花に関心のある人は10 人きちんと確保できる。そういうことが、「豊 かに暮らせるまち」として,この文化・芸術の発展に繋がっていく課題になると思っています。  そして、「快適に住めるまち」。これは先ほど申し上げた景観問題でも、京都はすでにどれほど街並みが大事かということを、市民が一人一人守っていく考えは定着していますので、これからも次の世代へ街並みや景観を継承していくために,日々の生活の中で知恵をしぼって取り組んでいく。
 そして京都ならではの「支え合い助け合うまち」を基盤にして,そうした営みを、それぞれの地域や市民が行っていく中で、結果として「災害にも強いまち」、また「環境にやさしいまち」としても発展していく,そうした新しい都市像というものを生み出していく。それらの総体をレジリエント・シティとして目標にするということを掲げているわけです。
 大変壮大な課題になってきますけれども、やはりレジリエンスというのは、個人がしっかり育ち、それを守る家庭や地域社会や職場があり、それが社会全体のみならず地球環境にまで効果を及ぼして未来につながっていくといった,持続可能かつ創造的な社会を目指す大きな構造の中で考えていく必要があります。
 最後に、このレジリエンスという言葉を考えるときに、よく市民の方に私は言っているのですが、マザー・テレサの言葉で、「愛の反対語は無関心だ」という言葉になぞらえるなら,レジリエンスという言葉の反対後は、先ほど触れました、自分さえ良ければとか、今さえ良ければとか。また、まさかそんなことは起こらないだろうという驕りや油断。人間が地球の支配者であるかの錯覚や豊かさだけを追い求める社会から脱却していくという非常に壮大で、同時に困難ではあるけれど、新たな課題に挑戦していくというのが、総じて言えばレジリエント・シティへの挑戦となるのではないかなと思います。
 それができるのは、やはり精神文化の拠点都市である京都しかないのではないかと思いますし、その挑戦が着実に成果を挙げれば、世界でこういうことにチャレンジできる唯一の都市として,高い評価につながっていくと確信しています。京友会の皆さん方に、レジリエントという聞きなれない言葉だけれど、大切な概念らしいということだけでも記憶していただいて、来年の京友会の総会のときには、ここまで進みましたと、資料だけでも提示できるように、私も京都市に対するアドバイスを頑張っていきたいと思います。
 最後までご清聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Copyright ©京都大学教育学部同窓会